長州藩で行こう

2008年1月 6日 (日)

世に棲む日々

司馬遼太郎 作    1971   文芸春秋

 高杉が暴発して、馬関を占領した。というおそるべき報道が諸街道を駆けぬけて敵味方につたえられた時、敵味方とも、「重大事態がおこった」という衝撃と印象をしく持った。(略)要は「高杉晋作」という名前が、衝撃をあたえたのである。

 前半は吉田松陰の、後半は高杉晋作を中心に描かれる。私としては、司馬作品最上、幕末作品最上の作品だと思っている。

 それは自身が高杉晋作に特別な思い入れがあるからかもしれないが・・・高杉が現在もなお人を魅了するというのは、当時から変わらず、彼の天性の才気と生き方にあるのだ。一時、自分に似ていると思ったこともあったが、そうではない。当時の人が言った様に、高杉は「鬼人」であり「神の申し子」なのだ。彼がいなければ、長州は動かなかった。上士という身分と、思考がその才覚を表すのに役立った。今の日本を見て、晋作はどう思うだろうか。想像すると楽しい。

2007年8月 9日 (木)

花冠の志士

古川薫 作

文芸春秋  1979.7

 「押しまくられたな。爺さんたちに」と玄瑞は、並んで歩いている寺島忠三郎と入江九一を見て笑った。奇妙にふっきれた感じである。

 高杉晋作と並んで松下村塾の双璧と謳われた久坂玄瑞の物語。稚気のぞく幼少期から、死ぬまでの成長ぶりが泣ける。人と出会い、数年で見違えるほど成長した。一途だ。いつも目を輝かせている玄瑞だから、人に好かれたのだろう。天下慷慨しながらも、細やかな気遣いができたり、詩を吟じたり、文学的でもある。私でも、玄瑞と友だちになりたい。なれる気がする。

花神

司馬遼太郎 作

新潮社  1993.11

 奇妙なものであった。村田蔵六というこの物静かな男を、狂人のようにしてはしらしめているのは桂の魅力であったであろう。さらに的確にいえば、人に認められ、信頼されたという蔵六自身の感動が、この蔵六を一個の狂人にした。

 不言実行その強さに圧倒される。幕末というより、維新期に軍師として活躍した大村益次郎の物語。この人は、歴史的にあまり浮かび上がってこないが、非常に大事な位置にいる。

 いまさらになって思うのだが、彼は身分の関係から、出自の長州藩に雇用されず、その才覚を買われて、求められて四国の他藩に仕官する。その後、その才を認められ、長州藩に呼び戻される。なんにしても、求められて、というのはいいものだ。そして、認めてもらえなかった自藩へ呼び戻される。見返したといった体だ。自分の身上を関わらせてしまうが(実際そのような状況だったのだ)認めてもらえなかった悲しさの共感とともに、見返したという事実に対して、非常に励まされる。

 


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読んだ本

  • 上橋菜穂子: 虚空の旅人 (★★★★★)
  • 梁 石日: 雷鳴 (★★★)
  • 重松 清: リビング (★★★)
  • 三浦 綾子: 草のうた (★★★)
  • 山本 文緒: パイナップルの彼方 (★★★)
  • さだ まさし: 精霊流し (★★★★)
  • さだ まさし: 解夏 (★★★★★)
  • シーラという子: トリィ・L・ヘイデン (★★★★)
  • 重松 清: ビタミンF (★★★)
  • ジズー・コーダー: ライオンボーイⅡ 奇跡の翼 (★★★★)