ドウエル教授の首
アレクサンドル・ベリャーエフ 作 袋 一平 訳
早川書房 1969 (原作 1925)
「いいかい、ラレー、ぼくらは思いもかけず、大きな秘密のしっぽをつかんでしまったんだ」ホテルに帰るとアルトゥルは言った。「誰の首がケルニの家にあったか、わかるかい?ぼくの父の首だよ、ドウエル教授の!」
その名の通り、首だけとなって生きるドウエル教授の話。それを教授の息子と、その友人が見つけ出す。
SFの傑作だ。いつも思うのだが、ベリャーエフの作品はもっと翻訳されてもよいと思う。さて、首だけを生き返らせるとは・・・つまり人が死ねないということ。では人の死とは何なのか。何をもって死とするのか。首だけでドウエル教授のように本を読み、思考を楽しめるならよい。思考する人間か否かで大きな差がある。私なら楽しめそうだ。でも生きることに区切りをつけるためには、やはり死の存在は一度きりであるべきだろう。


確か私が、小学生の頃図書室にあり,借りて読みました。挿絵と不思議な題名と内容~SF小説にしては奇妙なリアル感がありました~「生きている首」という題名も→「ドウエル教授の首」→又は「合成人間」等と変わり…本は絶版になったようですが、DVDがあるようです。(私もまだ見ていませんが…)
投稿: 友紀子 | 2007年9月17日 (月) 13時27分